傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

サーカスの馬

彼は話し、私は笑った。彼は自分の身のまわりのできごとやそれをもとに考えたことを話すのがとてもうまい。私たちは速度や語彙の制限なしに会話することができる。私たちは年に何度か、ふだん行かない住宅街のなかの小さいコーヒーの専門店で待ちあわせ、そして、そのほかの場所では会うことがない。そこには大量の柱時計とまずくなる直前まで濃く淹れられたコーヒーとひとつひとつかたちの異なるたくさんのコーヒーカップがある。
キューバの仲間がねと彼は言う。気がついたらやけに女の子が多いんだよね、僕が幹事役だからだと思う。女の子ってすごく簡単にプラスのフィードバックをくれるからつい仲良くなっちゃうんだ。ポケットにいつもチョコレートが入っていてそれをぽんとくれるみたいな感じ。男同士が認めあうのってすごいハードル高くて、なかなか褒めてもらえない。男の友だちとばかり遊んでると褒められるのとかが足りなくなるんだよね。
女たちのほうもあなたを好きだろうしねと私はこたえる。あなたは注意深く相手を見て相手が認めてほしいところをちゃんと探しだしてあげる、女に関するわけのわからない思いこみや不当な期待を持っていない、自分が相手に与える印象をよくわかっていて身ぎれいにして感じよくふるまうことができる、相手の話のいいところを引っぱりだしてあげられるし、自分の話をきれいにおもしろくまとめることができる。そんな人のことはみんな好きになるにちがいないよ。
どうもありがとうと彼は言う。そしてまたひとしきり話をする。私はそれをたのしく聞く。それから言う。よく話すね。
彼は首をかしげる。話したいからサヤカさんと会うんだよ、いけない?いけなくないと私はこたえる。私はもちろんあなたと話したいからここに来ている。あなたはその頻度とタイミングをちゃんとコントロールしている。私だけが話したいときに連絡しても都合が悪いと言うし、あなただけが話したいことがもしあったとしてもそのときは連絡をしない。きちんと期間を置いて、でもぎくしゃくするほどは置かないで、双方の限定された需要が一致するときを外さないで誘う。そういうのがとてもうまい。
彼は口の端をあげて黙っている。その角度は私の見慣れたものより少しだけ余裕がない。私は彼を観察して照準を調整し、次の弾丸を装填する。あなたは人を使いわけるのがとてもうまい。
あなたには一緒にサッカーを観にいくための友だちと、一緒にスキューバダイビングをするための友だちと、手加減なしに話をするための友だちがいる。面倒な手続きなしに寝てくれる女の子と将来良い奥さんになってくれそうな女の子がいる。あなたはみんなに適度な報酬を与え、みんなから適度な報酬を受けとる。角砂糖をもらって火の輪をくぐるサーカスの馬みたいだ。
チョコレートじゃなくて、と彼はほほえむ。芸をする動物がもらうのはチョコレートじゃなくて角砂糖だよとこたえて私もほほえむ。いいでしょう、端的で夾雑物がない。糖分だけかと言って彼は笑みくずれる。ぜんぜん文化的じゃない、何の風味もない。動物だものと私は言う。甘いのがほしいだけなんだもの。風味の入る余地なんてないでしょう、あなたのしていることに。
それで、と彼は訊く。サヤカさんがそれを気にくわないのはよくわかったよ、それで。あなたはサーカスの馬じゃないと私は告げる。逆のほうがいいかな、私たちはサーカスの馬ではない、あなたに角砂糖をもらってよろこんで芸をする馬ではない。
人を機能として使い分けることは使い分けられた人間だけじゃなく使い分けた側の人間も少しずつそこなう。ほんのわずかずつ、でも確実に。それは人と人の関係として正しくない。人は手段であると同時に目的でなくてはいけない。
私がそう告げると彼はいかにも愉快そうに、僕がサヤカさんの主張を飲んでやる必要がどこにある、とこたえた。私が言ったんじゃない、カントが言ったんだ、と返すと、まるで気の利いたジョークを聞いたみたいに機嫌よく笑った。
私も、あなたのスキューバ仲間もサッカー仲間も、あなたの正しい友だちじゃない。おそらくは、あなたの便利な女の子たちも。私が言いおえた瞬間に嘘つけとことばを重ねて彼は愉快そうに反撃する。嘘つけ、そんなのはサヤカさんが頭のなかでこねくりまわした空想上の関係性にすぎない、正しい関係なんて存在しない、自分がたのしむために僕に角砂糖を投げてよこしていたくせに。
私にはもう手持ちの爆薬がない。私はたくさんの時計を順に眺めて、それからしかたなしに彼に視線を戻す。彼はコーヒーカップに添えられた小さい四角い包みを剥いて放る。それは私の鎖骨の下に当たってスカートの綾織りのウールの上にぽとりと落ちる。彼は言う。どうした、ありがとうは?

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