傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

間がもたないデートと精神的な内臓

私が電話に出るなり、あのさ、彼氏とどんな会話する、と彼は訊いた。彼氏によると私はこたえた。相手によって話題は変わる、友だちと何しゃべってんのって訊くのと同じで、具体的な内容を答えられる質問じゃないね。
めんどくせえ女だなあ、今までの誰かひとり適当に見繕って答えてくれってことだよ、空気読め、と彼は言った。なんで私があなたの吐いた空気を読む義務があるのと私は訊いた。彼は楽しそうに笑った。彼は会話の中で軽くやりこめられるのが好きだ。
私は携帯電話を耳に当てたままベッドに寝そべって話す。まずは好きって言うよね。そんなん一秒で終わるだろと彼は言う。二文字じゃん。わかってないなと私は言う。好きにもいろいろバリエーションがあるの。褒めるとか。人によってはなに着ててもまずは褒めてくれる。なにも着てなくても褒める。どうかすると電話に出ただけで「相変わらずかわいいねえ、声がとても」とか言う。
狂ってると彼は言った。恋って不思議だねと私は言った。だってかわいいところ、ないだろ、と彼は真剣に確認する。事実として、見た目も中身も何ひとつかわいくないじゃんか、おもしろいけど。ばかだねとわたしは言う。かわいいっていうのはおもしろいと一緒で、主観で決まるものなの。人によっては私なんか全然おもしろくない人間だって言うよ。それとおんなじ。可愛いっていうのはね、漢字で愛すべしって書くんだよ。「あなたがそんな様子なので、私はあなたを簡単に愛してしまいます」ってこと。要するに、好き、のバリエーションなの。
なるほどと彼は言う。じゃあとりあえず彼女をもっと褒める。ほかには?
デートで間がもたないのと私は訊く。もたない、と彼は言う。彼女あんまりしゃべってくれないんだよね。そのわりに電話はしょっちゅうかけてくる。電話!電話がいちばん困る。
彼はいわゆる世間話が得意なほうだと思う。その彼が会話についての不安を訴えるのがなんだか可笑しくて、一生懸命なんだなあ、とてもいいことだ、と思う。
共通の趣味がなくても、自分の好きなことを語ったらいいのにと私は言う。私、親しい人が自分の好きなことを楽しそうにしゃべってるの好きだよ。俺は好きじゃない、と彼は言う。俺はぜんぜん興味ないことを延々と話されたら退屈する。私はそれを聞いてふと思いたち、訊いてみる。もしかして昔あったいやなこととか、すごく苦手なこととか、そういうの、話さないんじゃないの。話さないと彼は言う。そういうのって人にべらべらしゃべるもんじゃないだろ。
しゃべるもんだよと私は言う。自分に打撃を与えたできごと、与え続けているものがあって、逃げたり立ち向かったりするでしょう。それって人生の方向性を決める重要な要素の一つだよ。だからそのことを親しい人に説明しておくのはだいじなことだと思う。そうじゃないと知らないうちに卵アレルギーの人に毎朝オムレツつくってあげるみたいなことやっちゃうかもしれないでしょう。
食い物の好き嫌いくらいは話すけどと彼が言うので、喩えだよと私は言う。わかってると彼は言う。
私は話を続ける。そりゃあそういう話はある意味で退屈だろうし、重いだろうし、愉快じゃない。でも、それをしないってことは、あなたがいつまでも彼女をゲストとして扱っているってことなんだよ。ゲストという側面ももちろん必要だよね。お互いをもてなして、楽しませてあげたらいい。
私は彼の相槌の温度をはかってから言う。でもお互いの精神的な内臓みたいなものに関する情報も持っていたほうがいい。それがないと、たとえば今日あったことの話を聞いても、それがその人にとってどういう意味をもつか、解釈できないでしょう。親しい間柄にあって、解釈の枠組みは重要だよ。もちろん人は毎日変化するから、枠組みも適宜アップデートしなきゃいけないんだけど。
めんどくせえなと彼は言う。めんどくさいよと私は言う。あなたはそんなのなくたって楽しくやってきた。でも今回はそれじゃいやなんでしょう。それだから間がもたないって気にしてるんでしょう。
それにしてもめんどくせえなあと彼は言った。うれしそうだと私は思った。

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