傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

パターンと欠落または欲望

だめになっちゃった、と彼女は言った。そうかあと私はこたえた。浮気されててさあ、と彼女は続ける。また、と私は訊く。彼女は、私が何をしたっていうのよ、少なくとも今回は私なにも悪いことしてない、と言った。そして私の発言をさえぎるように、三角形のグラスに満たされた赤い液体を三口でのみほした。
私がびっくりしていると、冷たいお酒は冷たいうちに飲まなきゃいけないのよこれおっきい氷とか入ってないんだから、と言った。そうだねその通りだねと私は言う。
彼女は何度か、同じパターンを繰りかえしている。男の人と仲よくなる。彼らはつつがなく幸せに暮らす。それから男の人は浮気をする。
あのね私がいちばんむかつくのは浮気そのものじゃないの、だって時間がたてばたいていは相手に飽きるわけよね、それで別の候補がいたら手を出しちゃう、それはまあ、納得いかないこともない、だって私も「浮気したいなあ」って思うことはあるもの、でもその後がどうよ。
私はうなずく。彼女のつきあう男の人はなぜか、もしかしてばらしたいんじゃないかというくらい不用意に浮気をするのだ。彼女に直接そのことを告げてしまう人もいる。でもあれはただの浮気なんだ、と彼らは彼女に言う。ちょっと魔が差しただけなんだ。
そう、と彼女は言う。そのままつきあいを続けても、そのできごとは彼らのあいだに深く根をはり、彼女はじくじく膿みつづける復讐への衝動をかかえこむ。信じられないほど残酷なことを言ってしまう、と彼女は告白する。好きで長いことつきあってれば相手がほんとに言われたくないことってわかるでしょう、それを言う、私は、言う、彼の聞きたくない口調で、彼の気持ちが弱っているようなときに、言う。
そしてふたりは破綻する。
私の側に問題があるんじゃないかと思う、と彼女は言う。相手がちがうのに同じことが起きるのは、私にそれを誘発するような欠落があるからじゃないかと思う。そのことをクリアしないと、私は誰かと継続的なパートナーシップを持つことができないんじゃないかと思う。
あなたに欠落があるか、もしくは欲求があるか、かな。私は慎重にそうこたえる。彼女は少し考える。欲求、それはたとえばどんな?
たとえばこれが小説なら、と私は言う。男の人とうまくいきたくないという欲求、うまくいくべきではないという信念みたいなものにもとづく欲求があるというお話になるかな。あとは被害者としての立場に立ちたいという欲求、ひどい目に遭わされる側でありたいという欲求。それによって相手への暴力を正当化できる、思う存分相手を傷つけることができる、そのほかにあなたの暴力衝動を満たしかつあなたがあなた自身の非難を逃れることのできる手段はない。あるいはあなたは単に被害者というポジションに慣れ親しんでいて、そこから出たくない。
なるほどね、ねえ、ほかのお話はないの、と彼女は訊く。私は話す。たとえば、あなたは恋人のすべてを受けいれたいと思っている、自分にはそれができると思っている、そういう深い愛情を持っているんだと自負している、相手に対してもそういうサインを出している、でも人が他人のすべてを受けいれられるわけがない、恋人は「すべてを受けいれる」というサインを読みとって浮気する、あなたは、ついにそれを受けいれることができない。恋人はこう思うかもしれない。それみたことか。おまえの思いこみのなんと傲慢なことか。
いやな小説、と彼女は言う。そうだねと私は言う。今のストーリィはどれももっともらしいけど、でもがつんとくる感じもないな、結局のところ私は、自分で自分の欠落だか欲求だか、まあどっちでもおんなじなんだけど、そういうものに向きあわないといけないわけね。彼女はそうこぼして新しいお酒をのみ、私はせいぜい親切そうな口調で言う。でもやりすぎないようにね、自分のことを延々と深読みするのも健康によくないよ。