傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

天袋の中の故郷

うちの息子ちょっと疲れてるみたいなの、疲れると模型を出すからすぐわかるの、と彼女は言った。
彼女の息子は大学生だ。礼儀正しくて見栄えがよく、そつのない近ごろの若者という印象を与える。母親である彼女は、あの子ろくに家にいなくてつまんないわあ、なんだか研究室に泊まったり友だちと遊びに行ったりね、楽しそうでいいんだけど、でもおかあさんかまってもらえなくてさみしい、と言う。
模型、と私が訊くと、そう鉄道模型ね、小さいときから十五かそこらまではほんとに「鉄」でねえ、私もなんだか詳しくなっちゃったくらいよ、モハとかクハとかの意味だってわかるのよ。彼女はそう言う。鉄というのは鉄道マニアという意味かしら、と私は思う。
彼女の息子は今では「鉄」をほぼ引退しているんだけれども、ときどき和室の天袋に仕舞いこんだ模型を取りだして、床で組み立てるのだという。彼女が声をかけると、模型の近くに顔を寄せた姿勢のまま曖昧な返事をし、そのまま二時間ばかり遊んでいるのだそうだ。
息子は多くを語らないけれども、ことに疲れたときやつらいことがあったときにそうするようだと、彼女は推測している。二十年も同じ家に住んでればそのくらいはわかるわ、なんで疲れてるのかはわかんないけどね。私は彼女に、わからないんですかと訊く。わかるわけないでしょう人の心の中なんて、と言って彼女は陽気に笑う。
母親だからわかるかもしれないと思うのかしら。やめてちょうだい、母親を魔法使いみたいにあつかうのは。子ども生んだだけでそんなふうになるはずないじゃないの。みんな親を立派ですごいものだと思いすぎて怖じ気づいて親にならないのね。いつまでたっても自分を立派なすごいものだと思えないから。その感覚はとてもまともで私は好きよ、でも母親なんてたいしたもんじゃない、たいしたものだと思わせて母親にいろんなことをさせたい人が嘘をついているだけ。かわいそうだわ、今の若い人。
彼女はひとしきり話してから、そうね鉄の人はね、と簡単に話題をもどす。
模型の世界に入るには視線が重要みたいなのね、模型の位置まで下げると入りこめるみたいなのよ、そして手で静かに模型を動かしたり、置いたままじっと見たりしているの、あの子は小さいときによくそうしていたんだけど、今ときどき模型を出したときにもびっくりするくらい同じことをするのよね、せっかくイケメンに育ったのに畳に顔くっつけちゃって、と思うけど、でもその様子もちょっとかわいい。
どうして彼はそうするんでしょうね、と私は訊いてみた。心の故郷なんじゃないかしら、と彼女はこたえる。大人になるといろいろ大変だものね。もちろん楽しいわよ大人は。でもめんどくさいことやままならないことも大量にあるでしょう。いろんなことに対して「こうじゃなきゃいけない」っていうのがあるし。かわいそうだわ、今の若い人。
だから疲れちゃうのよね、そういうときシェルタみたいなところに一時退避するってわりといいことだと思う、そしてあの子にとってはそのシェルタが鉄道模型なのね、今みたいに広い世界でいろんなことをうまくやれなかった代わりに、ひどくつらいことやよくわからないこともそんなになかった、線の細い内気な子どもだったころの場所なのよ。

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