傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

犬のTのこと

「犬のT」というあだ名の友だちがいる。Tは姓だ。
Tは仕事の行き帰りのコンビニエンスストアでサンドイッチと缶コーヒーを(あるいはおにぎりとおでんを、または肉まんとお茶を)買い、歩きながらそれを食べる。Tは次のコンビニエンスストアのごみ箱で食べたもののパッケージを捨てる。Tの家と最寄りの駅の間にはふたつのコンビニエンスストアがある。
Tの家には何もない。Tの家は無駄に広いので、時たま仲間うちの飲み会に使われる。当たり前のフローリングの上に脚つきマットレスと羽根布団、クローゼットにこぎれいで匿名的な衣服がいくらか。バスルームの前に洗濯機、洗浄と身支度のための品物が少し。ベッドサイドに鞄が転がっていて、その中には財布と鍵と仕事用のフォルダとノートPCと記憶媒体と通信端末が入っている。それだけだ。
だからTの家は広い。Tの冷蔵庫は徒歩二分のコンビニエンスストアなので、自宅にはない。台所は徹底的に乾いていて、うっすらと埃が積もっている。ときどき水を流して洗うよ、とTは言う。スポンジがないのにどうやって洗うのかと訊くと、不思議そうな顔をして首を傾げ、こうするんだよと水を流しながら掌で流し台を磨いてみせる。Tは率直で善良で髪に軽い癖があり、犬のように愛らしい。
Tは枕も持っていない。帰るのが面倒な誰かが泊まろうとしてそれに気づいた。枕ないのと問うと、枕いらないよ、と言う。あれって邪魔じゃない、と邪気のない顔で訊きかえす。犬は犬小屋に多くを求めない、と誰かが言った。
Tは定期的に女の人と仲良くなって、Tとしてもそれはうれしいみたいで、恋人になるんだけれど、二ヶ月から半年のうちに、みんないなくなってしまう。Tは去ってゆく恋人をうまく追いかけることができない。なんか、足りないみたいなこと言われる、みんないなくなるのは、僕がいけないんだと思う、あんまり、楽しませられなかったんだと思う、とTは言う。そういうときのTは、犬のように愚かしい。
Tは仕事と睡眠と、ぼんやり考えごとをするのと、長距離を走るのと(それはTの唯一の趣味だ)、ときどき人と会うほかに、することがない。僕の犬の生活、とTは言う。えさと水と散歩と犬小屋があればそれでいいんだ。
Tは小学生のように長いこと眠るけれども、それにしたってほかに何もしなければリソースが余る。それにTは効率的だ。よく躾けられた犬のように。だから仕事ぶりはこまやかで、アウトプットの質が高い。職場の人とのやりとりもきちんとする。それでTは高く評価されている。
それなら職業はTに不可欠な要素かというと、どうもそういうわけではない。Tはさまざまなものごとに、深くかかわりあうことができない。Tは他人の深いところをうまく理解できないし、他人もTの深いところをうまく理解できない。Tには他人や組織や状況に不可逆的に関与することへの欲求がないみたいに見える。
Tの仕事は職人じみた専門職だけれど、それでも年に何回か、大勢が集まる宴会に出なくちゃならない。Tはきちんとその義務をこなす。Tはそれが必要なときには、にこにこ笑ってちょっと気の利いた会話をすることだってできる。あんまり長くは保たないけれど。
Tは犬の暮らしを継続している。私たちはTの数少ない友だちなので、彼がこれからもそのような生活を続けられるように願っている。どうかTがTの犬小屋を維持し、誰にも邪魔されることなく、犬のように心たのしく暮らせますように。

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