傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

青いひよこ

最初に生き物が死ぬのを見たときのことを話そう、と彼は言った。
あなたは何が死ぬのを見た?鳩?鳩がからすに捕食されているところを見た。なるほど、それはドラマティックだね。
僕はひよこだった。僕らが子どものころに縁日で売ってた、色のついたやつ。今でも売ってるのかな、あれ。友だちが買って、すぐに飽きて、こんなのすぐ死ぬよなあって言ったんだ。親か誰かがそう言ったんだろうね。
そのままだと捨てられそうで、でも誰も引き取ろうとはしない。当たり前だ。ひよこは見るからに元気がなくって、砕いたポテトチップスを差しだしてもなんの反応もしない。小学生男子としてはそんなもの見なかったふりをして、いつもみたいに自転車に乗って走り回りたいところだ。
僕はそれをもらった。親に見つからないようにこっそり持ってかえって、じっと見ていた。
ひよこはその日のうちに死んだ。僕はそれをずっと見ていた。目をあわせるのがとても怖かった。死ぬときに目をあわせていた者のところに化けて出るっていうマンガを読んだことがあったから。でも化けて出るのがひよこじゃたいしたことないよね、今にして思うと。
ひよこはゆっくりと死んだ。僕はそれまで、死はギロチンのようなものだと思っていた。ある瞬間に劇的に訪れるものだと思っていた。でもひよこはゆっくりと死んだ。いつ死にはじめたかわからなかった。気がつくと全面的に死んでいた。十歳の子どもにもわかるくらい完全に。僕はそれを埋めた。
ひよこが死んだことは残念じゃなかった。僕は漠然とそれを期待してひよこをもらってきたんだ。僕は虚弱な子どもで、クラスでいちばん小さかった。何度も入院した。体調が落ち着いて学校に戻ると、教室には元気にぴよぴよ鳴く黄色いひよこがいっぱいいて、僕だけが青かった。そんなふうには見えない?うん、病気がなおって、大きくなったんだよ。
ひよこを見ているあいだ、まるで自分が死んでいくみたいな気がした。頭の中身がみんな抜けていくような感じがした。元気になって大きくなって年をとった今でも、その感覚がからだの奥のほうに残っている。そしてそのことを、わりといいことだと思っている。