傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

彼の直角な眠り

横になって眠れなかった時期があってね、と彼は言った。

まっすぐにからだを伸ばして寝そべっていることが、なんだか落ちつかない。背中が痛むので、側面を上にする。胃が落ち着かない気がして丸くなる。下になっている耳の奥から頭の中にかけて軽い痛みを感じるので、顔を上げる。
さまざまな格好を試したあと、彼は壁に背をつけて長座の姿勢をとる。壁は冷たい。部屋はなまぬるい。彼は少し安心する。彼はそのまま眠る。

起きると脚が痺れている。彼は壁を上手に使って、シャワーの下に自分を運搬する。彼は起きた直後と眠る前に、熱い湯をたくさん浴びる。それは彼のスイッチだ。スイッチが入れば彼は適切に振る舞うことができ、スイッチが切れれば彼は短い休息を受け入れる。彼はだから、お湯がたくさん出るシャワーが好きだった。
彼はあまり眠らずに仕事をしていた。新幹線や飛行機のシートでは、墜落するように眠りに落ちた。
彼は言う。
そのあいだは眠ってもいいと、どうしてか思っていたんだね、理由はよくわからないけど、新幹線でも仕事はできるんだから、どうせならそこでもやればいいんだけど、その時間はなぜだか空白として認識されていたんだ。もしかするとどこかへ向かっていることでなにかを免除されていると感じていたのかもしれない。あるいは僕は単に速いものが好きだから、それで気持ちよくなって眠れたのかもしれない。ともかく、その座った状態の眠りの感覚を呼び戻すために、ベッドで座っていたんじゃないかな。
女の子と一緒に寝ると、連絡がつかなくなることもあった。まあしかたないよね、あんまりロマンティックな振る舞いとはいえないから。
もちろん、そうじゃない女の子もいた。黙ってベッドの残りの部分で眠る女の子、僕を病院に連れていこうとする女の子、僕が眠ったところで正しい姿勢にしようとして脚を引っぱる女の子、それから勝手に僕の脚を枕にして、起きてから「かたいよ」って怒る女の子。
彼はそこで話を終えてしまう。私は「今は?」と訊く。
彼はいくぶんぼんやりした顔になり、今はもうない、と言う。ずいぶんと長いことそんなふうだったんだけど、今は横になって寝ている、どうしてかは、わからないけど。