傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

格好悪いことの効用

私はいろんな花粉とハウスダストのアレルギーを持っているので、一年中鼻をぐずぐずいわせている。将来を左右する面接の最中でも、大勢を前にしたプレゼンテーションの山場でも、すてきな男の人とはじめてデートするときでも。しかも汗っかきなので、いわば二重苦だ。鼻炎でも汗っかきでも、べつに死なない。深刻な苦痛もない。単に格好悪いだけだ。

でもそれってつらいよ、しょうがないからいつでもどこでも鼻かんじゃうんだけどさあ、と私は言った。彼はたいへんセンシティブな腸を持っているから、きっとわかってくれるだろうと思ったのだ。案の定、彼は、

「わかるよ。とてもつらい。人に相談しても笑われるだけだし、しかも解決しない。思春期には親を呪った」

と言った。

「なにしろデートってやたらと腹にものを入れるじゃないか。大人になったらデートイコールめし、といってもいい。つまりなんというか、前半戦としてはね。しかも長い。頻繁に席を立つうちに、相手によっては笑顔の温度がだんだん下がってくる。でもがんばる。大人だから」

勇気が出る話だ。苦労しているのは私だけじゃないのだ。

「宴会でしゃべりつづけて席を立たせてくれない偉い人なども敵だね。彼らは僕にどれほどの苦痛を与えているか、生涯気づくことはないんだろう。でも僕は彼らを許すよ。彼らはただ丈夫で健康な内臓を持っていて、それから少し想像力が足りないだけなんだ」

私の笑いがおさまるのを待って、彼は話を続ける。

「そういう格好悪さには効用があると僕は思う。勘違いしそうな瞬間ってあるじゃないか。たとえば目立った業績が出たときとか、すごい美人に好意を示されたときとか。でもそういうときには必ず天の声っていうか、自分の声が聞こえる。『でもおまえ、おなかちょうよわいじゃん』って。そして僕は冷静さを取りもどす。そういうことってない?」

あると私はこたえる。単発の業績やたまたま示された好意は私の本質ではない、ティッシュがあと三枚しかない、って思う。

彼は満足そうにうなずいて言う。

「生きてるなんてだいたい格好悪いことなんだから、自分の格好悪さをよく知ってる人のほうがいいじゃないか。そう思ってがまんしよう、お互いに」