傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

ひとり暮らしと大画面

お正月休みはなにしてた、と訊くと、彼女は「DVDで大量の映画とドラマを観た」という。私はとてもうらやましくなり、いいなあ、そういうときは私も呼んでよ、と言った。彼女のテレビは32インチだ。
彼女はふふんと鼻をならし、やなこった、と芝居がかかった物言いをした。
「ああいうのはね、ひとりでやることに意義があるの。だって誰か来たらブラつけなきゃいけないじゃん。なんか食べたらすぐ食器洗わなきゃいけないし。そういうのをきれいにゼロにしないと、非日常的なリラックス感が出ないの。連日ものすごいどうでもいい格好で、なんなら全裸で過ごす日もあるわけ」
全裸かあ、と私は言う。全裸だねと彼女は言う。なんだか誇らしげだ。
「なんのための大掃除かっていうと、お正月に掃除しないで済ませるためね。もちろん眉も抜かないし、爪も磨かない。PCのメールなんて絶対見ない。たとえただのお年始メールでも、仕事のこと思い出させるものには接触しない。昼間っからワインも飲んじゃう。みんなバーゲンとか行ってるけど知るか。おしゃれとかまじどうでもいい。こういう感じがだいじなわけ。わかる?」
なるほどと私は応えた。彼女は長い脚をぶらぶら揺らしながら言う。
「テレビ買えばいいのに。DVDみるのたのしいのに。テレビ、いま、なんか四万円しないのがあるんだって、大型の液晶ので」
うーん、安くても悩んじゃうんだよね、と私は言った。
私はなんでも捨てる。本は放っておくと増えるので、再読したいものだけクローゼットに積んで、あとは読んだはしから売ってしまう。服は着ていないものから順にえいやっと処分して、一定の量におさめる。CDはレンタルか、データで買う。
とくに裕福ではないけれど、定職はあるのだから、こんなにものがないのはいささか不健康なのではないか、と自分で思う。私はもっとやくたいのないものをためこむような生き方をすべきなのではないのか。
こんど引っ越すときに買おうかな、と私は言う。でも、できればそういうのぜんぶついてるところがあればいいのにな。近所の人が共用で使える設備があればいいのに。
「高級賃貸物件だと、本格的なシアタールームがついてるところがあるって聞いた。でなかったらシェアハウス。なにかほしかったらみんなでお金を出して買う」
極端だ。そんなお高いところには住めないし、シェアハウスまで節約する必要もない。
「まああれだね、あんまり考えないで買っちゃうことだね、家電いっこくらい、どうってことないんだから。ねえ、週末空いてる?バーゲンつきあってくれない?」
私は彼女を見る。ほどよい長さのジェルネイル。完璧なナチュラルメイク。三角定規みたいなかたちの、ぴかぴか光るエナメルの靴。
もちろん、と私は答える。一日つきあうよ。